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2009年7月17日 (金)

「クロッカスの反乱」のメモ

 これまた、本を読んでいて気付いたことのメモ。
 「クロッカスの反乱」とは、むろんギャビン・ライアルによるマクシム少佐シリーズ、第3弾。
 これを読みつつ本文のネタをまとめているうちに、あちらに書くには些末すぎるし長すぎるネタが出てきました。
 この本の最初で葬儀が行われた「公爵」って誰なの? というネタです。
 暇だよな、まったく。
  本編アップしました。 →マクシム少佐3 クロッカスの反乱

 すでにマニアによって十分に調べたあとだ、と思うのだが、素人なりに調べてメモを残しても害はあるまい。

   と菊池光調で。 (^-^;

本文より:
 公爵が亡くなった。王族公爵の最後の一人、“鉄公爵”として知られていた、とマスコミが称している (彼ら自身が考え出した名前である) のは、彼が陸軍元帥であり、それも名ばかりでなく、本物の元帥であったからだ。(P5)

 さてこれは誰だろう。
 この作品が発表されたのは1985年。そこで、1974年から1985年までに死んだ英国陸軍元帥(British Field Marshals)のリストを作る所から。
 ネタ元はここ。 →List of British Field Marshals

Bernard Law Montgomery (1887/11/17-1976/3/24)
 アラメインのモントゴメリイ子爵。ご存じモンティ。1958年退役。
Sir Claude John Eyre Auchinleck (1884/6/21-1981/3/23)
 主としてインドで活躍。1947年に退役。
The Prince Henry (1900/3/31-1974/6/10)
 グロスター公。ジョージ5世の三男。エリザベス2世の叔父。空軍元帥も兼ねる。
Sir Gerald Walter Robert Templer (1898/9/11-1979/10/25)
 「マレー半島のジャングルを制圧した男」。1958年退役。
Sir Francis Wogan Festing (1902/8/28-1976/8/3)
 中国人に「菲士挺」と呼ばれた。1961年退役。
Sir Richard Amyatt Hull (1907/6/7-1989/9/17)
 英国国防省の制服組のトップを務めた人。1967年退役。
Sir Geoffrey Harding Baker (1912/6/20-1980/5/8)
 英国陸軍参謀長。1971年退役。

 
 ご覧のように、このころ死んだ公爵位を持って王室に近い陸軍元帥というと、Prince Henry、つまりグロスター公ヘンリーしかいません。それに彼は陸軍軍人としての責務を果たしたかというと疑問があります。むしろ政治的な活躍をした人のようです。
 「鉄公爵 Iron Duke」といえば、むろんナポレオン戦争時代に活躍したウェリントン公爵アーサー・ウェルズリー(1769-1852)の別名ですが、その公爵家は現存しており、この時代はこんな人たちがいました。


Gerald Wellesley (1885/8/21-1972/1/4) 第7代ウェリントン公爵(1943-1972)
 陸軍近衛師団の中佐として第2次大戦に参加。その後退役?
Arthur Valerian Wellesley (1915/7/2-) 第8代ウェリントン公爵(1972-)
 英国陸軍准将で退役。存命。


 明らかに対象外。
 また、それ以外の、このあたりの年代で死んで代替わりした英国の公爵家は、下記の如しです。


Robert George Grosvenor (1910-1979)
 第5代ウェストミンスター公爵
Edward FitzGerald (1892-1976)
 第7代リンスター公爵
Sidney Arthur Robin George Montagu (1929-1985)
 第11代マンチェスター公爵
Ferdinand William Cavendish-Bentinck (1888-1980)
 第8代ボートランド公爵
George Victor Robert John Innes-Ker (1913-1974)
 第9代ロクスバラ公爵
Ian Douglas Campbell (1903-1973)
 第11代アーガイル公爵
Walter John Montagu-Douglas-Scott (1894-1973)
 第8代バクルー公爵、第10代クイーンズベリー公爵
Douglas Douglas-Hamilton (1903-1973)
 第14代ハミルトン公爵
John Albert William Spencer Churchill (1897-1972)
 第10代マールバラ公爵
Henry Hugh Arthur FitzRoy Somerset (1900-1984)
 第10代ボーフォート公爵
Percy Hamilton Seymour (1910-1984)
 第18代サマーセット公爵
Bernard Marmaduke Fitzaran-Howard (1908-1975)
 第16代ノーフォーク公爵


 英国の公爵家って、この頃にかなり代替わりしたようなのですが、これ以外にも10家ぐらいあります。すごいね。
 ま、
みな元帥にはなっていないのではちがうようです。すると、この葬儀される人は誰なんでしょうか?
 こんなふうにも書かれています。


…公爵の最初の妻 ─ ヨーロッパの小王室の一員 ─  …
…ダンケルクで夫を失ったイングランド西部地方の伯爵の娘と再婚した…
…たんに軍人のまねごとをしていた一部の王族とちがって、実力で元帥の位についた…
…第3次大戦は第2次大戦が終わった日から始まったことに真っ先に気づいたのは彼である…


 こう言われてピンと来る方もいるでしょうが、鐵太郎はわからない。だれだろう、この人は。
 ごめん、結局わかりませんでした。わかる人、います?

 だから言ったでしょ、単なるメモだって。 ( ̄ー ̄)ニヤリ
 

 一晩たって気がついたのですが(相変わらずの遅動信管的記憶力w)、 これはもしかして海軍元帥であったマウントバッテン伯爵がモチーフではなかろうか。
 ルイス・フランシス・アルバート・ヴィクター・ニコラス・マウントバッテンMountbattenLouis Francis Albert Victor Nicholas Mountbatten, 1st Earl Mountbatten of Burma 1900/6/25-1979/8/27)
 ミルフォード=ヘイヴン侯爵ルイス・アレグザンダー・マウントバッテンの子で、ヴィクトリア女王の曾孫。ドイツのバッテンベルク家出身。海軍元帥。
 その経歴はWikiでも見てもらうこととして、家柄によってその地位を得たとはいえ、その名を高からしめたのは本人の行動によるもの、と言っていいのかも。

 1979年に、アイルランド北西のドネゴール湾で余暇で出航直後のヨットが、IRA暫定派の仕掛けた爆弾によって爆破され、孫とともに死亡した。実行犯は終身刑となった。(Wikiより)

 だそうです。
 暗殺されたというその最期は、マキシム本の次のシーンに重なるかも。
 マウントバッテン卿の反日的な姿勢は、対日戦を戦った英国貴族としてはまぁありそうなものでしょうな。彼の葬儀に日本人の出席を拒否したことは、彼のみならず彼の周囲も反日的な空気があったのであろうし、これはしかたがない。
 我々日本人は、かつてあなた方と戦ったのだ。過去を葬ることを前進と考える日本人と違い、今もなおその記憶を抱く英国人がいても不思議ではない。
 しかし、
そんな時代もあった、それで良いではないか。(09/7/18追記)

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