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2010年2月20日 (土)

國母くん、一考

 國母和宏くん 21歳 スノーボード・オリンピック選手。
 一見確かにどうしようもない我が儘な不良に見える。国の威信を賭けたオリンピックで、国の費用でまかなわれた「制服」をだらしなく着崩し、記者会見での失言というか生意気なコメントを言ってしまったり。
 なるほど、小言幸兵衛的なところもある鐵太郎として、不快でないとは言い切れません。
 しかし、マスコミの一斉報道でちょっと引いちゃいました。朝青龍がハワイに消えたあとでマスコミが探しあてた「悪役」って姿じゃありませんか、これ。
 「バスに乗り遅れちゃいかん」なのか、売らんかなの生き残り精神なのか。


 それで傍観していたら、最近チェックしている池田香代子さんのブログでこんな記事が。

 スノーボードと近代五輪はクラッシュするはずだ

>スノーボードがスケートボードというストリート系スポーツから派生した

>國母選手は、きっといつもストリート系ファッションなのでしょう。
>おそらく多くのスノーボード選手も。
>國母選手は、お仕着せのスーツのボトムをウエストで穿くのは慣れないことだし、
>気持ち悪かったのではないでしょうか。
>それで、選手団のユニフォームを高校生が制服を腰パン履きするように履いて、
>ぶかパン風にしたのでしょう。
>そして、高校生が生活指導の教師に叱られるように、
>寄ってたかって叱られてしまった。
>あの「腰パン」は、スノボーチームのなかでかれ1人、
>いつもどおりの自分を通した、ということではないしょうか。


>近代オリンピックの草創期、選手には現役の軍人が多く、
>夏期の近代五種競技などはナポレオン戦争の故事をふまえています。

>平和の祭典オリンピックは、戦争と深く関わっているのです。
>国の威信を賭けて、というノリになりやすいのもうなずけます。そこへ、
>「お国のため? カンケーネー」みたいなストリート文化が生んだ競技が
>入ってきた、興味深いと言ったのはそういう意味です。
>そして、新しいスポーツが遠く「軍隊あがり」>の血を引くスポーツ界と
>文化的衝突を起こしたとしても、おかしくはないと思いました。

 
 こんな意見もある、と思った。
 池田さんはスノボの世界にもスポーツマスコミの世界にも、おそらく素人。そういう意味では鐵太郎も同じ。
 素人だけに、こういう視点も大事だと思うし、こういう視点で見ようとしないで付和雷同的に國母君を取り上げたマスコミに違和感を覚えたのです。


 あ~、國母くんを擁護しろ、とは言っていません。
 個人的には彼の言動は不快ですから。しかしそれは個人の感情です。
 マスコミが、飯のネタとばかりに一つのニュースに殺到するのが変だと思うのです。
 たかが、やんちゃな坊やがいつものように「親」に逆らって見せただけじゃありませんか。ちょっときびしいコメントを入れて、あとは「親」にまかせてほっときゃいいじゃありませんか。


 池田さんという人は、「ソフィーの世界」の翻訳や、「世界がもし100人の村だったら」の著者としてではなく、松谷健二氏のあとペリー・ローダンの翻訳を一時引き継ぎ、何らかの原因で離れていった翻訳家としてちょっと興味がありました。
 賛成できるところも、この方とは路線が違うと思ったところも、いろいろありますが、こんな人もいつまでもいてほしい。みんなが同じ考えの世界は嫌だから。

 そうそう、國母くんに関して、こんなネタもありました。これもまた、面白い。

  「ネクタイ気にするな」

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雑談」カテゴリの記事

コメント

>警備の基本とは事前検索と予防警備
 これをやり過ぎると、刑事部の天敵である公安になっちゃいます。
 日本でそれをやると昔は大問題になったんですが、今はどうなんだろう。(*´Д`*)

>いつでもどこでもボーダーが寝転がって休むので、
 あ、そうですね。スキーでは雪にすわれないけど、スノボだとそのまま横にごろんところがっていますね。
 最近ほとんどゲレンデにいかないので、情景を思い出すのに時間がかかりました。(笑)

投稿: 鐵太郎 | 2010年2月21日 (日) 20:21

立ち位置といえば、私は「ボーダーの不品行に辟易してゲレンデから逃げ出した元スキーヤー」でしょうか。うむ。最初から色眼鏡ですね。私がやめた頃、ゲレンデではいつでもどこでもボーダーが寝転がって休むので、危なくてしかたがなかったです。

>警備の基本とは事前検索と予防警備

ご指摘の通り、スキー連盟や彼の周囲が対応を怠った結果ですね。マスコミは……もう何も期待できませんし。

投稿: 柴崎 薫 | 2010年2月21日 (日) 14:09

☆柴崎閣下、しばらく。
 こういうのを書くとき、立ち位置が難しいのですが、鐵太郎も最初は不快感しかありませんでした。今も、個人的にはああ言うファッションも言動も嫌いです。
 しかし、ああ言うスタイルの人間を許容して育てたのは日本という国。
 そしてああ言う人たちが、ストリートから発達した「かっこいい」スノボというスポーツにのめり込み、しかもそういうスポーツを競技としてオリンピックに入れちゃったんだから、そもそもその時点で考えるべきだったはず。

 日本人だから、オリンピック選手だから、自覚して自然に正しくふるまうはずだ、正しくふるまう意識を持つはずだと思い込んだ「大人」が甘いのです。
 甘かったくせに、思い通りにいかなかったからといって叩くのはおかしいんじゃないかな。

 警備の基本とは事前検索と予防警備であり、あらゆることを想定して対策を考えよ、といった人がいます。
 自分たちが甘かったくせに、アホな若者だけを責めるなよ、と思うんです。

 オリンピックって、結構軍隊的なものですよね。考えてみると。

投稿: 鐵太郎 | 2010年2月20日 (土) 22:32

なるほどストリート系ですか、と理解できても、やはり不快ですねぇ。

冬季オリンピックではバイアスロンがもろに各国陸軍の競う場になってますね。残念ながら日本はあまり振るわないので、全然マスコミが取り上げませんけど。

でも、実際に雪の上で撃ち合うよりは、歩くスキーで駆け回って標的を撃つことを競うのがオリンピックの精神に沿っているんじゃないかと思います。

そこからさらに一歩踏み込んでナショナリズムに疑問を持てるようになるなら、それはむしろ近代オリンピックの精神を越える成果かも知れません。

http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20100220b

投稿: 柴崎 薫 | 2010年2月20日 (土) 21:37

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