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2010年3月16日 (火)

ヨブ記とヨナ書

 子供の前ではあまり愚痴らない老母が、不意にヨブの話を始めました。
 今週の教会の説教が、そのネタだったらしい。

 高潔で敬虔なヨブを、本当に心底から神のしもべであるのか試そうぜ、というサタンの提案に従って、神は豪商であるヨブから財産を奪い、家族を奪い、そして皮膚病に爛れさせます。
 財産とは、社会的な地位です。これがなければ、高名な人として評価されない。
 家族とは、親類、子孫、家の従者、奴婢たちです。その人の人としての価値です。
 皮膚病とは、当時もっとも忌むべきものとされた「外観的な変化」です。財産を失って、家族を失って、それでも人としてのつきあいを続けようという真の友人たちも、不可触賤民となったヨブは見捨てます。それが社会のルール。

 ここまで墜とされて、それでもヨブは神をたたえる義人であり得るのか。
 でも愚直なまでに神を崇拝するヨブは、それでも神を恨まなかったという。

 この「説話」に関するコメントはしません。言いたいことはいろいろあるけど、ちゃんとこの書を調べないうちに半可通でとやかく言ってもしかたがない。
 母の教会
(プロテスタントです)では、これを題材とするとき、神の試練を世の逆境と言い換えます。
 こんな人もいたのだ、自分ではどうにもならない時だってあるのだ、だからあなた方は、世を恨むより良き人であれ、と教えます。

 老父の呆けが進行し、時々下の始末も大変になってきたそうな。
 意地っ張りなところがある母は、同居している弟の嫁に頼らず、一人で父の世話をしようとしているようです。自分だっていい年なんだけどね。
 ヨブのつもりになれば、このくらい大丈夫、とへらっと言う母。
 時々買い物に連れ出すぐらいしかできない鐵太郎としては、なんとも言いようがない。
 子供たちの前であれだけ岩のように立っていた父が、こうなるとは。思いもしなかったから。

 ところで、聞いている途中で、ヨブって「疫病神」の意味がなかったっけ、と考えた。
 ああ、それって「ヨナ」のほうだったっけ?
 あっちの主人公は、預言者ヨナ。ある日突然敵国であるニネベに宣教に行きなさいと神に命ぜられ、嫌だといったら大きな魚に飲み込まれて三日三晩その腹の中にいて、浜に打ち上げられて助かると、しかたなくニネベに神の教えを布教に行った人。
 船に乗ったら大嵐に巻き込まれ、お前さえいなければ海が静まるのにといわれて、海に投げ込まれたという途中の経緯があります。ここが、船乗りの疫病神となったゆえんでしょうか。

 ヨブもヨナも、自分に罪はなく不幸に墜とされ、神にもてあそばれ、運命に翻弄されます。
 こういう説話が旧約聖書の神の正しさ、恐ろしさを示す書なのだとすると、それを受け継いだキリストの神もなんだかなぁ、です。

 短絡的に、だからキリスト教は と言っちゃうのは簡単ですが、世の中は甘くないんだよということを、こういう話で叩き込むことが教育には必要なのかも。

 わはは、最後になったら教訓モードになってしまった。 (*^m^) 

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コメント

☆にっけ様
 エステル記ですか。あれも素敵ですね。
 日曜学校モードだと、ルツ記とか、ダニエル記とか、ヤコブの子ヨセフとか、物語として面白い人たちがたくさんいますね。
 斜に構えて読むと、いろいろ見えてくるものはあるけど、痛快な教訓話としてはおもしろい。
 ああいうお話は、よい教訓だけくみ上げて読んでいれば平和なのになぁ。ヽ(´▽`)/

投稿: 鐵太郎 | 2010年3月17日 (水) 10:56

こんばんは。

この2書を選べば当然、教訓モードですよね(笑)
私はエステル記とか好きでしたね。一発逆転モード(?)です。

投稿: にっけ | 2010年3月16日 (火) 23:37

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