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2010年4月12日 (月)

「新・三銃士」ネタ・人物編

 さて今度は人物編。
 本サイトで、両方アップしました。 →新・三銃士 少年編
 新・三銃士 青年編

 本編の方を書いていたら、人物紹介が膨れあがってしまいました。じゃあ、「ルイ14世の宮廷」でやったように人物紹介を別にしてしまえ、という訳でこんなものを作ってしまいました。ただでさえ、最近どんどん文章が長くなっていますからね。┐(´-`)┌
 という訳で、「新・三銃士」ネタ地図編にして、これを人物編にすることにしました。
 なんだか相変わらず暴走気味。でもこれって、まさにHoratiaおねいさまが言われたように、

 「気をつけろヲタクは急に止まれない」 現象 なのですねぇ。(^-^;

 史実のダルタニャンというのは、1615年生まれで1673年6月25日戦死ですから、1625年に18歳の青年としてパリに現れるのは、実は無理なのです。ラ・ロシェル包囲戦(1627~1628)にダルタニャンが参加できるように、デュマが設定をいじったのですね。
 参考→「ダルタニャンの生涯」
 付随してダルタニャンを取り巻く人々の設定も変わってきますが、ほとんどフィクションの人、たとえばアトス、ポルトス、アラミスの三銃士などに関しては、気にしないこととします。資料もろくにないしね。
 ここはあくまで史実上の資料として、1625年4月にこの人たちはどうだったのかということで。

ルイ13世 (Louis XIII de France)Louis_13 1601/9/27~1643/5/14
 フランス国王・ナバラ国王・アンドラ大公 在位 1610/5/14~1643/5/14
 当時、23歳。肖像は若い頃のものです。

 ブルボン朝第2代のフランス王。初代アンリ4世の子。母はマリー・ド・メディシス。
当時、母后マリー・ド・メディシスなど前世代の影響をリシュリューらを起用することではねのけ、親政を行い始めた頃。
 ドイツで1618年に30年戦争が始まったため、フランスとしては反ハプスブルクの立場から新教徒に近い立場を取るのだが、フランス王室は基本的にカトリックであるため、当時立場的に微妙なところがあったらしい。

 王妃との仲はあまり良くなく、1638年に王子ルイが生まれた経緯に関しては疑問もある、とか。
 性的にはフランス王室、フランス貴族には希有なことですが、極端に淡泊であったといわれるが、ホモセクシャルもしくはバイセクシャルの可能性も消えていないようですな。
アンヌAnne d'Autriche・ドートリッシュ (Anne d'Autriche) 1601/9/21~1666/1/20
 フランス王ルイ13世の王妃で、ルイ14世の母。絶世の美女と名高いとか。
 当時、23歳。これも若い頃の肖像画。

 スペイン・ハプスブルク家の、スペイン王フェリペ3世の王女として誕生。フェリペ4世は弟。
 長男ルイを生んだのは1638年ですが、この1625年の少し前の1619年、1621年、1622年と続けざまに流産しており、特に最後の時はリュイヌ侯爵夫人(のちのシュヴルーズ公爵夫人)と踊っていたためと言われ、国王との仲が冷える原因となったそうな。
 国民には人気があったそうですが、フランス王家の中ではあまり評価はされておらず孤立感を抱いていたようで、スペインの兄王や外国貴族との仲がいろいろ取りざたされたこともあったらしい。バッキンガム公との恋愛劇とダイヤの胸飾り事件は、史実と考えてよさそうです。
 陰口として、彼女はハプスブルク家伝統の受け口で、聞きづらいキンキン声だったとも言われます。本当はどうなのかな。

 あ、「ドートリッシュ」とは「オーストリアの」と言う意味で、スペイン王家ではあるけどハプスブルク家の一員であることを示しています。マリー・アントワネットにも、正式にはそのあとにドートリッシュが付くらしい。

リシュリュー枢機卿Armand Jean du Plessis, cardinal et duc de Richelieu 枢機卿およびリシュリュー公爵アルマン・ジャン・デュ・プレシ (Armand Jean du Plessis, cardinal et duc de Richelieu)
 1585/9/9~1642/12/4
 カトリック教会の高位の聖職者にしてフランス王国の政治家、外交官。ルイ13世の宰相。
 当時、39歳。肖像画はラ・ロシェル包囲戦の時のもの。赤い枢機卿の帽子とマントの下に軍事指揮官として鎧をまとい、この下に剣を履いています。

 下級貴族の三男坊として聖職者として身を立てようとしたが、母后マリー・ド・メディシスの側近となったことで政界入り。アンヌ・ドートリッシュ付き司祭となったとき、この放埒な王妃を教育しようとして、嫌われたそうな。
 1622年に枢機卿となり、1624年に首席大臣となりますが、これを指してフランスの宰相と言うらしい。

 誤解が多いのですが、彼は臣下以上の権力を求めたことはなく、国王に取って代わろうとしたこともない。あくまで彼は、フランスの権威を高めるためと国王の権力を確立するために、大貴族の権力をゆっくりと削いでいく施政を行ったのですし、彼の権力はルイ13世の信任の元にしか存在していないのです。だから旧貴族に憎まれたのです。
 これは、歴史書にも、原作の三銃士にも、藤本ひとみの「新・三銃士」にもはっきり書かれています。
 にもかかわらず、なぜか悪者にされますね、この人。

ガストン・ジャン・バティストGaston Jean Baptiste de France (Gaston Jean Baptiste de France, duc d'Orléans)
 1608/4/25~1660/2/2
 フランス・ブルボン家の王子。アンリ4世の三男(次男ニコラ・アンリは夭折)。
 当時、18歳。アンジュー公。

 王位継承権第一位の地位にあり、兄王とリシュリューに対して始終反抗的で、なにかと突っかかっていたようですが、ことごとく成功せず。性格は、贅沢好き、陰謀好き、無責任、無節操。ろくなものではないが、大貴族の御曹司としては普通ぐらいか。王家に生まれなかったら、ただの我が儘者ですんだはず。
 この王子に政権を取らせたらフランスはおしまいだと言う危機感があって、リシュリューは国王に早く世継ぎを設けるようせっついたらしい。

 史実では1626年に、オルレアン公、ブロワ伯、シャルトル伯となり、モンパンシエ公アンリ・ド・ブルボンの娘マリーと結婚しますが、藤本さんはこの経緯を、ボンボン王子とトンマな貴族の陰謀をリシュリューが失敗させ、そのあとをうまく裁いたように書いています。

 オルレアン公家というのは、その後もブルボン王家の中で獅子身中の虫となり続け、フランス革命後についに本家に牙をむいて王位につきますが、この人はその始祖となるにふさわしいかも。
シュヴルーズ公爵夫人Gaston Jean Baptiste de France (Marie Aimée de Rohan, duchesse de Chevreuse)
 1600~1679/8/12
 シュヴルーズ公爵夫人マリー・ド・ロアン。フランス貴族。陰謀家。
 当時、25歳。

 この人が実在だと言うだけでも驚くのですが、経歴を見るとその陰謀家としてのしつこさはすごいものです。ミラディなどかわいいものかも。
 リンクはフランスのWikiに対して張ってありますが、英語のWikiの方が長いし三銃士についての言及はフランス版にはありませんね。不思議。
 また、日本語Wikiにも三銃士人気のせいか記事があるのですが、英語版を直訳したようで、言葉が日本語になりきっていません。困ったものだ。
 王妃より二歳年長ですね。フランスの宮廷貴族たる者、このくらいの陰険さがないと一人前じゃなかったのかも。棘のない美人なんて存在価値もなかったのかな?
 色恋沙汰についても陰謀についても、ここはたしかに先進国ですなぁ。

 こんなのばかりが宮廷にいたのであれば、ルイ14世が可憐なラ・ヴァリエールの新鮮さに惚れて、しばらく経って飽きてしまったのもわかるような。(笑)
 そうそう、この人ロアン家の一員なのですね。ロアンと言えば、フランス革命の引き金の一つになったアントワネット王妃の首飾り事件にもロアン枢機卿が関係しています。大貴族なのですねぇ。→「王妃の首飾り」
フランソワ・ド・バッソンピエールGaston Jean Baptiste de France (François de Bassompierre)
 1579/4/12~1646/10/12
 フランスの廷臣、軍人、外交官。
 当時46歳。

 古い宮廷人の一人で、前国王アンリ4世が暗殺(1610年)される直前にチェスをした人なのだそうな。
 心情的には王派であり、若い国王と摂政である母后が対立すると、常に国王側に立って仲裁したという。伊達男としても有名。
 戦場では勇猛果敢、頼りになる指揮官であった。(リシュリュー評)
 ラ・ロシェル包囲戦においては、国王軍の司令官として2万の軍を率いて戦いて勝利を収めたが、その後のイタリア戦の失敗で失脚。
 妻が母后マリー・ド・メディシスの信頼が篤かったことなどでリシュリューに疑われ、1631年に逮捕されてバスティーユに送られ幽閉される。リシュリューの死ぬ1643年に釈放され、そのままノルマンディーに隠遁したとのこと。

 なぜこの人を調べたかというと、この人NHK人形劇ではラ・ロシェルの敵方にいるからです。昔の記憶では国王配下の軍人だと思ったのに、おやおや。おかしいな、と思ったので調べてみたらこの人は、(古い宮廷人らしく)反リシュリューかもしれませんが反フランス王ではなかった。
 渋いいい男ですが、三谷幸喜さんはなぜ敵方にしたんだろう? 承知の上でわざとかな?
 肖像画のバックの関係で、ペールブルーの背景にしました。

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