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2010年10月28日 (木)

「HMSビーグル号」はどうなった?

 読んでいる本からの連想で、こんな疑問が湧きました。
 実をいうと疑問は二つ。
 連想がいくつも重なったので、実は複雑な経緯なんですけどね。(あは)
Hms_beagle 
 この場合のビーグル号とは、かの有名なチャールズ・ダーウィンが乗って航海し、「種の起源」としてまとめられた進化論を作るのに役だった有名な「HMS ビーグル号」(1820年進水 右絵)ではない。このフネは、10門搭載の三本マストのスループ艦で、1845年に沿岸警備隊に転籍しました。

 このあと、アロー級スクリュー砲艦(Arrow-class screw gunvessel)が建造され、Hms_beagle_1854その一隻が「HMS ビーグル号」という名で1854年に就役したのです。
 アロー級砲艦は全部で6隻建造されました。全長49m、586トンと小柄な艦で、バーク型帆装。2門の巨大な68ポンド砲と4門の32ポンド砲を搭載しています。たしかに砲艦ですな。
 この艦はなんと、1863年に極東の日本という国に譲渡(売却?)されたらしい。

 さてそこで問題。このフネは日本の年号で文久3年、つまり明治元年の5年前に日本籍となり、「Kanko」という名になったのだそうですが、いったいこのフネはなんなのでしょKankomaruう?

 幕末に「観光丸」というフネはあり、サイズ的に近いのですが、どうも少し違う。全長52.7m、400トン、大砲6門。
 一番違うと思われるのは、このフネは1855年にオランダより贈呈されたフネなのだということ。さらによく見ると外輪船なので、スクリュー駆動のアロー級砲艦とは違います。
 むろんこれ、宇宙は飛ばない(はず)。 (*^-^)

 じゃあ、この「Kanko」ってなに?
 沿岸航海しかできないような小型艦で、しかも大口径砲を搭載したこのフネが、幕末の日本でいったいなにに使われたんでしょうか??
 これが知りたい疑問その一。

 で、もう一つの疑問は、実はこちらの方が先なのですが、このアロー級砲艦に搭載された68ポンド砲は、正式には68ポンド・ランカスター砲と言います。これが疑問点。
 施条、つまり砲身に螺旋状のライフリングがほどこされた前装砲で、6500ヤードという当時としては驚くべき長射程を誇ります。
 この砲は、実はV・A・スチュアートの黒海シリーズで、ハントレス号の上甲板に搭載されているらしい。第5巻になってようやく「ランカスター砲」という名が出てきたので、やっと調べられたのですが。
 重量一万ポンド(4.5トン)を超えるというこの砲が、小型艦の上甲板に据え付けられているとは驚き。
 この砲の資料が欲しいな。絵でも写真でもいいけれど。「pivot mounts」という言葉が付く意味も、わからない。このpivot、トラニオン(砲耳)とはちがうよね、68pdr_smoothbore多分。

 Wikiに68ポンド砲として右写真のようなものがありますが、これは滑空砲です。施条はない。ランカスター砲ってどんな大砲なんだろうなぁ。
 手近な資料には見あたりません。
 なんだろうな。ちょっと好奇心にとりつかれています。

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艦船マニア」カテゴリの記事

コメント

 ブログ設定をいじっていて、やっとレスが入っていることに気づきました。なにをやっているんだか。

 hush猊下:
 いまさらですが、情報ありがとうございます。
 なるほど、歴史は繋がっているものですね。

 もう一ついまさらですが、昔はまともなブログ記事を書いていたんだなぁ、とちょっと感心しています。(なんだそれ)
 人間、どんどん堕落していくものです。 。・゚ ゜(⊃д`) ゜゚・。

投稿: 鐵太郎@管理人 | 2014年9月14日 (日) 23:21

 三重県鳥羽市に大明東町、西町というのがございますが、この大明は「おあき」と読み、緒明菊三郎氏にちなんでおります。というのは、ここは加茂川河口の浅瀬であったのを、氏が発案して干拓したからです。残念ながら、氏の死により中断し、神戸製鋼所(ここは、現在は鳥羽水族館となっており、江戸川乱歩が務めたことで知られる鳥羽造船所を持っていました)が再開しましたが、結局、戦後、政府の手によって完成しました。そして、現在は一部が公園となっており、一部はスーパーマーケットとして、残余は住宅として使われております。当初の予定では鉄道を延長して一大貨物ターミナルを造る予定だったようですが、出来上がっていたならば、四日市よりも栄えたかもしれませんね。
 氏は、ロシア船戸田の建造から始めて、そのようなところにまで至ったわけで、素晴らしい人物であったのだろうと思います。しかし、珍しい苗字だけに、回天の設計を行い、海上自衛隊の潜水艦うずしお死亡事故の責任を取られた緒明亮乍氏も一族ではないかと思っておりますが、このあたりは単なる好奇心丸出しの話であります。横合いから、失礼いたしました。
 

投稿: hush | 2014年8月29日 (金) 17:29

緒明俊様
 いまさらですが、貴重な情報ありがとうございます。
 このコメント欄を、最近見のがしていました。なんだろうね、この注意力不足。

 イギリスで生まれたある蒸気船の数奇な運命。なんだか駄文のネタにするにはもったいないような、素敵なお話です。明治の人たち、なかんずく緒明様のご先祖の活躍は、先人の優れた業績として静かに語りつぎたいものですね。

投稿: 鐵太郎@管理人 | 2014年8月19日 (火) 20:46

鐵太郎様

この日本に輸入されたビーグル号に関し、曾祖父が解体したと亡父から聞いたことがあります。曾祖父緒明菊三郎(1845-1909)は、明治時代品川の第四台場(榎本武揚の好意で賃借)で緒明造船所を経営しておりました。曾祖父は、隅田川の一銭蒸気を創業したアイデアマンだったようで、ビーグル号の汽罐を真っ二つにして、自社製の船2隻に搭載したとのことでした(緒明造船所からは40隻ほどが進水しており、旅順港閉塞で3隻が沈められています)。ビーグル号を曾祖父が直接輸入したのかどうかは聞き漏らしましたが、ご参考まで。なお、あくまで伝聞であり、文書的な証拠のある話ではありません。

投稿: 緒明 俊 | 2014年5月11日 (日) 07:44

お嬢様
 わざわざ、ありがとうございます。
 

投稿: hush | 2010年11月 1日 (月) 17:58

hush閣下
興味深い論文をありがとうございました。
私の書いた95%というのは、むかし大学の講義で聴いたE.O.ライシャワーの日本研究に出てくる数字です。「アジアの中でなぜ日本だけが近代化に成功したのか?」を調べていたライシャワー博士はこの識字率の数字に飛びついたというわけなんですが。

千葉佐倉の国立歴史民俗博物館でむかしあった「歴史の中の鉄砲伝来(種子島から戊辰戦争まで)」展の解説カタログをひっくりかえしてみたのですが、鐵太郎閣下お探しの砲の記述はありませんでした。
でも地方史レベルでは自藩の近代化を研究している地方史家もいらっしゃるようなので、鹿児島に行ったら何かみつかるかもしれませんよ。

投稿: とーこ | 2010年10月31日 (日) 13:56

☆hush猊下 まいど
>識字率
 という事が、自分の名前を書けるかという判断基準で見るのだとすると、オイラは外れるなぁと考えてめげています。自分の名前を書く時、画数が多少多い下の名前も必ずいくつか省いていますが、名字の方も何本か横着することもありまして。(わお)
 そういう文字に見えればいいじゃない、と、文字を絵で考える横着な人間に成り下がったようです。漢字文化で生きる日本人としては人間のクズかもしれません。( ̄Д ̄;;

 まぁ、識字率に関しては、曖昧でいいんじゃないかと思っているのですが、こういう事でも正確を期すことが大事と考える人がいるのかなあ。
 ま、役にも立たない大砲の謎をもやもやと考える人よりは、世の中のためになっているのかな。(笑)

 ちなみに、台風が関係しているのかどうかわかりませんが、今日は朝から天気が悪く、雨がしとしと状態です。
 やはり今年の秋は短く、ものすごく暑い夏の後にものすごく寒い冬が来そうな気がします。困ったもんだな。(ノд・。)

投稿: 鐵太郎 | 2010年10月30日 (土) 15:47

 http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp:8080/dspace/bitstream/10191/8186/1/70(4)_524-535.pdf
 という研究があって、近世日本人の識字率についてはある程度分かるのですが、かなり地域差があるようです。
 現在、拙掲示板http://www.warbirds.jp/town/door.cgi?no=96で合法的徴兵忌避とか海水浴について書いているのですが、その過程で明治時代の小学校や寺子屋についても調べています。その中で、フロイスが日本の寺子屋について触れた部分が興味深いのですが、武士も農民も同じ寺子屋で勉強していると取れる部分があります。室町末期に来日したこの宣教師の記録が、江戸時代や明治期のそれにどれだけ当てはめられるかは分かりませんが、すべての子どもが寺で勉強しているとあるようです。
 明治になって、小学校を作ったが、当時は授業料が必要であり、教材や制服に金が必要でしたので、就学率は低かったようです。しかし、画一的な教育がいやで寺子屋に移った者がいるとの記録がありますので、寺子屋も同時並行的に開校されていたようです。この辺りも勘案して考えてみますと、その識字率は案外正解かも知れません。ただし、地域が限定されるのと、多分、男子のみの数だろうと思いますし、平仮名のみであった可能性はあると思います。

 なお、拙サイトを御紹介戴きありがとうございました。
 台風が関東に接近しております。
 お気をつけてください。
 

投稿: hush | 2010年10月29日 (金) 23:18

☆とーこ様 お久しぶり
 ビーグル号→乾行丸 への所は、hush閣下のおかげでわかってきましたので、一応整理して今日ブログに上げました。
 ところで幕末・明治の日本人の識字率が高い、というのは面白い事実なのですが、95%って高すぎないかなぁ  と思ったら、水夫のことなんですね。ありそうです。咸臨丸の水夫ともなれば、かなりレベルの高い選抜された人たちだったはずですからね。

 ところで日記というと、日本人は江戸時代から好きだったようですね。日記も手紙も。
 明治期もそうですが昭和期も、日本軍の兵士は軍規で禁じられていたにもかかわらず、それぞれの日々のことを詳細に日記に書いたことが多かったそうです。おかげでのちに、現場の兵士の状況とか、司令部が綺麗事を書いた作戦の実体も再構成することができたそうです。
 逆に言うと、連合軍の方でも、日本兵の日記を血眼になって集めて情報部が解析したらしいですね。

 まぁ日本軍ってのは、銃を手にした戦争には強いけど、防諜とか捕虜になって諜報活動するとか後方攪乱するとか、そういう「汚い」戦闘ができない人たちだったというのは、間抜けだけど、なにかほっとする所もあったりします。
 いや、戦争の話は殺伐としますのでよけいでした。(笑)

投稿: 鐵太郎 | 2010年10月29日 (金) 22:44

興味深いネタをありがとうございました。
ビーグル号の英語wikiでJapanese Armyに売却と書かれていて「へ?これどこ?」と。1863年はまだ幕府がありますから普通に考えると幕府軍ですが、幕府はフランス方だからイギリスから艦を買う?と思って悩んでしまって。

hush閣下の仰る「乾行丸」は薩摩藩が英国から購入した艦なんですね…これでやっと納得、落ち着いた。

幕末洋学史研究会というのがあって、ここの先生が船の科学館で行われた咸臨丸に関する講演会には行ったのですが、この研究会ではそのあたり調べていらっしゃる方があるかもしれません。友人が会員なので聞いてみますが、以前に「あなた好きそうだから」と宮古湾海戦の各船の来歴研究のコピーをもらったことがあるんですよね。
咸臨丸の水夫の日記を研究している方もあるようですし(水夫の日記っていうのが凄いですよね(英国艦じゃむりかも)、明治初年の日本の識字率は95%だったそうですけど(寺子屋があったから)、このあたり時間があったらいろいろ調べると面白そうです。

投稿: とーこ | 2010年10月29日 (金) 12:42

☆hush猊下
 ほほう、「Kenko 乾行丸」なのですか。なるほど。
 実はhush殿のサイトもいつものようにさがしてみたのですが、Kankoにこだわったためにわかりませんでした。ほうほう。
 ランカスター砲については、このランカスターさんのWikiページも眺めてみたのですが、結局よく分かりませんでした。
 他のページなどで、ライフルに弾丸を噛み込ませる方法の解説もあったのですが、この68ポンド砲に使われたのかどうかはよく分からないし。
 まぁそのうち、図書館かどこかでいい資料が見つかるかもしれません。
 しかしこの時代、いろいろな武器ができてどんどん進化していますねぇ。日本はその試行錯誤の中で一番良いところを捕まえたようで、実に運がよかったような気がします。

投稿: 鐵太郎 | 2010年10月28日 (木) 22:44

閣下
HMS Beagle
 KankoではなくKenkoです。詳しくはアドレス欄に載せた拙サイトのリンク先へ
68-Pounder Lancaster gun
 この人が作ったようです。
 http://en.wikipedia.org/wiki/Charles_William_Lancaster

投稿: hush | 2010年10月28日 (木) 22:03

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