裏と表、あるいはプロフェッショナルの意地
現場、というか請け負った仕事が忙しくなり、外注の人を頼んでいます。
納期が迫って人がいなくなっているので、狩り出されました。久しぶりの現場の組み立て作業。
そこで体験したちょっとしたお話。
ワッシャ、って知っていますか? 日本語では「平座金(ひらざがね)」といいます。
知らない、という人もいるでしょうが、間違いなく目にしているはずです。
こんな形。
ね、見たことあるでしょ? これは非常にありふれた機械部品の一つで、普通、こんなところ(↓)にはめ込んで使います。ま、このねじは「六角穴付きねじ」通称「キャップボルト」という、あまり普通じゃないねじですけどね。
はめ込む、という言葉は正しくないかな。挟み込むだけですから。
ボルトの頭と締めつける部材の間に挟まって、ボルトの締めつけ具合を調整します。
上の画像の場合は、ワッシャの上にスプリングワッシャ(バネ座金) を入れています。見てわかるように、バネの効果でねじを締めつける訳ですな。
機械構造の専門家に言わせると、バネ座金ってのはそんなに締付力を向上させるものではなく、気休め程度とも言われていますが、まぁこれはいい。入っていると見た目がいいからね。
さて本題。
機械組立何十年というおっちゃんが、後の方でいきなりうなりました。
「おいおい、このワッシャ、裏だよ。気を付けてよね」
このおっちゃんとペアになっていたうちの設計マンが、恥じ入ったようにぼそぼそあやまっています。
ちらっと見て、わかった。締めつけたねじのワッシャが裏なんだ。
上の写真をみてください。ワッシャってのは、プレス加工で抜きます。
クッキーの型どりみたいなもの。
そのとき、その断面を見ると、一方は型抜きの刃のせいで丸くなり、下は刃が脱けたあとのバリ(つまり尖った面)が出ます。
丸い面が「表」、バリの出た面が「裏」なんです。
いい? 1メートル離れたら、まったく違いはわからないんですよ。そんなものに注意しなくても、機械としての機能は問題ないのです。
でもね、機械工は、組み立てる時、この裏表をそろえるのです。
少なくとも、日本の、まともな組立工は、そうするのです。
これには、見た目だけではない意味もあります。表を上にした方が、当たりが柔らかく、さわった時に手触りが優しいのです。余計なものが引っかかりにくいのです。
そんなところで指をひっかける可能性は限りなく低いのですけどね。
そしてうちの設計マンも、それを理解しているのです。だから謝ったのです。
船の上ではロープを踏んではいけない、という教えがあります。
もしも荒天下で海が荒れていて、もしもロープが何かに引っ張られ、もしもそのロープに足元を取られたら、命にかかわるから。板子一枚むこうは地獄なのだから。
もしもをいくつも重ねた、可能性のごく低いトラブルを避けるために、無駄かもしれない、綺麗事かもしてないルールを守り、報われない作業を行って余計な時間をかける。それがプロフェッショナル。
「こだわり」とやらで無駄なカッコづけをおこなう「似非職人」とは違う。
たかが裏表。
でもそれをちゃんと行うのがプロフェッショナル。
報われなくても、淡々と行うのが本当の職人。
そんな基本的な事が、今なにか、なおざりにされていないか?
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