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2011年8月27日 (土)

テメレアとキルガードとフランケンシュタイン

 ...とモヒカン。長すぎたので表題では一つカット。
 最後に、 あるいは価値観の断絶 とつけたかったけどこれも割愛。
 なんて弱気なオイラ。(笑)

 NHKラジオのオーディオドラマで、「青春アドベンチャー」ってのがあるんです。
 AM放送で、月曜から金曜まで、22:45-23:00までの15分間。
 ここで、今年の2/21-3/4まで、「フランケンシュタイン」と題して10回連続で放送されました。
 フランケンシュタインというと、例のホラー映画の怪物のことだと思うでしょ?
 まぁ、これも演劇と映画文化がきめつけて、普通の人が信じ込んでいる幻想。
 実はフランケンシュタインとは、生命を探求していたある若い青年のこと。ヴィクター・フランケンシュタイン。彼が作り上げた生命体、それも、醜く作られた失敗作が「怪物」と呼ばれ、これが一人歩きしてしまったのです。

 で、メアリ・シェリーの書いたこの原作に従ってかなり忠実に作られたのが、このラジオドラマ。けっこう巧く作ってあります。エライ。
 (興味ある方は録音している人に個人的に頼んで入手されたし。あるいは、販売もしくは再放送されることをNHKに懇願すべし)

 さてこの中で、多少ネタバレになりますがフランケンシュタインの怪物は、醜く作られた自分を憐れみ、そんな体に作ったフランケンシュタインを呪い、フランケンシュタイン家を破滅させて復讐しようとします。
 幼い弟を殺し、若いメイドに殺人の濡れ衣を着せて処刑させ、友人を殺し、従妹を殺すと脅す。脅してどうするのかというと、人並みの幸せが欲しいからオレ専用の醜い女を作れ、そうすれば全てお前の罪を許してヨーロッパから去ると要求します。
 ロマン文学としては面白く考えさせられるのかもしれないけど、この考え方の身勝手さはともかく、なんというか価値観の硬直が痛い。

 自分の正当な(と信じている)考えは正しいと信じ、犯罪を犯しても自分の信条を説明すれば理解されて許されると確信している。

 話せばきっとわかる、みな神を信じ、家族を愛し、社会の正義を信じるはずだから。
 じゃあ、自分と違う価値観の人はどうするの?
 そんなものはいないに違いない、と片付けてそれでいいの?
 ま、メアリ・シェリーの世界ならいいのかもしれん。なにしろあの本の中で、ヴィクター・フランケンシュタインくんは自分の生活費を稼ぐための労働は一切行わず、ヨーロッパ中だけでなく北極海まであちこち旅立てる脳天気な人だから、他人の生活の大変さも生きる苦労も知ったこっちゃないし、好き勝手に
高踏的な悩みに悶えていられるお気楽な階層だもの。そんな価値観の相違など、考える必要はないのかもね。
 読者だって、そんなことは期待していないんだろうし。

 で、読んだ本「モヒカン族の最後」と読み終わった本「キルガードの狼」で、なんとも言えん違和感、不快感を持った原因は、やっぱりここなんだろうなと思った。

 要は、自分の価値観の中で悩み、苦しみ、怒りにかられて力をふるい、自分を正当化し、悔いて許しを請う。そして許しを求め、罪にかかわらず許される。
 狭い価値観というお約束の中で展開するお話だから、しかたないんだろうな。
 その価値観を共有できなければ読むな、ってことだろうな。

 しゃあないか。

 という訳で「テメレア戦記」。 (長い前ふりだね、いつもw)

 第1巻を読み始めた時、お話は面白いんだけどそんな価値観を要求される物語かと思って構えてしまった。いろいろなところでね。でも第3巻から第4巻となると、なんとなく変わってきたんですよ。これは嬉しい驚き。
 科学的な意味での設定の無茶ぶりは、目をつぶるしかないんだろうけどね。(笑)

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